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2006年 03月 27日
いろいろとブログを書いているのだが、今一つまとまりに欠ける感じがしないでもない。このブログの書き込みも少ないものだから、他の様々なブログでも紹介してみることにする。
Bohen's Weblog 毎日のニュースなどから、私の目にとまったものを書き留めてみようかなと思います。ほとんど BBC。 気になるニュースを BlogIt! 気になるニュースや記事を「カンタン投稿」で BlogIt! 暮縁の無録 BBC Breaking News Alert and REUTER:Alertnet WeatherNews World Weather News から目に留まったニュースをピックアップ NatureNews news@nature.com から目に留まったニュースをピックアップ Maiharaの戯言 つまらぬことをいろいろと。日本の暦やカトリック典礼暦の話題を中心に。 Haiharaさんの日記帳(part II) ほとんど内容はないような感じの日記。 Haihara 詩のようなページ Haiharaさんの詩のように書きたいページ MySouda WebryBlog 音楽史と初等数学史、語学(ロシア語)などの WebSite、MySoudaの WebryBlogです。update情報なんぞを中心に。 落書き帖 メルマガ「落書き帖」のバックナンバーです。 Musica Mundana メルマガ「Musica Mundana」のバックナンバー。 MySoudaのチャンネル ロシア語学習室。NHKラジオロシア語講座からです。 MySouda Blogger2 ここはイタリア語の学習室です。NHKラジオイタリア語講座からです。 MySouda - 外国語 Blog メルマガ「BBC Englishで英語を学ぶ」「Ask about English」のバックナンバー。 TeleScopeBlog@MyProfile ネット関連のソフトやセキュリティ情報を書き込んでいく予定。 TeleScope JUGEM Blog セキュアドや外国語の学習室、また BlogNewsをJUGEM IT! TeleScope News Clip Drecom RSS ニュースサイト。 KanDemo Blog A Blog full of BlogParts&Pets てれるっしゃのブログ こんなブログを書くのは「てれるっしゃ」という単なる語呂合わせ。名言集。 てれるっちゃ 食べ物関係のブログ。 teleruccia's Blog 酒とタバコの毎日の記録 2006年 01月 02日
1年ぶりの投稿ということになる。
エキサイトブログも、「6ヶ月間ご利用のないユーザーの皆様のエキサイトIDならびにご登録情報を削除させていただくことといたしました。」とサービス利用規約が変わったようだから、今年、うっかりしているとこのブログもなくなるかも知れないなと思ったりしながら、書き込みを始めた。 まあ、今年からは、何かをちゃんと書き込んでいけばいいのだが、さてさてどうなることやら。世間を騒がす事件について、いろいろと感想意見が書いていければいいなと思ったりもしている。 そんなところ。 2005年 01月 08日
いつの間にか2005年になっていた。
このブログ、最後に投稿したのは8月4日になっているから、もう5ヶ月音沙汰なしということになる。日々更新のウェブサイトをブログと呼ぶなら、このサイト(ブログ)は決してブログと呼ぶことはできない。 当初いろいろとブログの使い道を模索しようとしてこのブログも作成したのだが、更新されないまま放置されたほとんど意味のないブログに堕してしまった感がしないわけではない。 新たな年を迎えて、新たにまた何かを書いていこうと思うのだが、それほど書く材料を持ち合わせていないような気もするし、他にもやりたいことがあって、当面しばらくはこの状態が続くのかも知れない。書くことが見つかれば、それはそれで書き始めるだろうとは思うが。 以前に、いろいろとブログを作った話を書いたが、今では消えてしまったものもあれば、ここと同じようにほとんど更新もなく休眠状態のブログもある。しかし、現在でもブログに(日々更新に)近いブログも、実は残っている。それを紹介して、今日の書き込みを終えることにしよう。 Bohen's Weblog ここでは、毎日の新聞ニュースなどから、私の目にとまったものを書き留めてみようかなと思います。- ほとんど BBCのニュース。 TeleScopeBlog@MyProfile ネット関連のソフトやセキュリティ情報を書き込んでいく予定。 MySoudaのチャンネル ロシア語学習記 - メモのようなもので他人が見ると恐らく意味不明 Maiharaの戯言 詰まらぬことをいろいろと。- 日本の暦やキリスト教暦からの話題。 2004年 08月 04日
今年は全国各地で局地的な集中豪雨が起こっている。新潟・福島から始まって福井、そして今回は徳島と。
新潟や福井で驚いたのは、堤防が何カ所も決壊しているということ。日本の河川はそんなに雨に弱かったのだろうか。新潟や福井は、どちらかというと豪雪地帯で、雪に対する対策はちゃんと取っていただろうけれど、豪雨に対する対策はそれほどでもなかったのかも知れないと思ったりしたが、想定外の雨が降ったと言うことではあるのだろう。意外だったのは、徳島でいくつも人家が土石流で流されていること。 四国と言えば、昔から台風の通路であり、もともと雨の多い地域ではあったが、たまには人家が押し流されることもあった。大災害が起こることもあっただろう。しかし、長年の経験からかなりの雨が降っても比較的危険の少ない場所に人家は建てるようになったはず。山崩れがかなりの頻度で起こっても、人家に被害が及ぶことはそれほど多くはなかったような気がしていたのだが、なにか今回は違った。平野部でのように乱開発で昔からの知恵経験を生かすことなくむやみと山を削ったり家を建てたりしたというわけでもないだろうに(まさかそんなことはないよね)。確かに林道は増えたが。 数日間で1000ミリを超える雨が降ったと言うこともあるだろうが、やはり他にも原因があるのではないかなと思ったりする。最大の原因は山が荒れていることかもしれない。保水力のない人工林が増えた上に、林業不振に過疎と言ったことから手入れの行き届かない山が増えた。多くの山で崩れた山肌を見ることができる。それが近年目立ってきていたような気がする(10年前ぐらいの話だが)。そこにこの豪雨ということではないのだろうか。 今また熱帯低気圧が接近中のよう。さらなる被害が起こらないことを祈るばかり。 四国中心に大雨の恐れ 熱帯低気圧が今夜接近 熱帯低気圧は台風11号になりましたね。 熱低が台風11号に 今夜、四国上陸の恐れ 2004年 06月 14日
私のところでは、このところ草が大変よく伸びる。少しでも気を抜いていると、気が付けば草ぼうぼうになっている。とは言っても、そうそう草抜きばかりしているわけにもいかないので、気が付けば、あららこんなに草が伸びているということが多いのだけれど。
いつかどこかに書いたことだけれど(いつどこであったかは忘れてしまったが随分昔)、ある優秀な学生が「勉強のこつ」はと問われて、おばあさんが、毎日庭の草を抜いている姿を見ていて、こんなことを思ったと言う。 おばあさんは毎日草を抜いているのだけれど、その抜いたところからはまた新たに草が生えてくる。庭全体をやっと抜き終わったと思ったら、最初に抜いた辺りにはまた新たに草が生えている。そうしてまた最初から草を抜き始める。それの繰り返し。勉強も、それと同じではないかという。一度勉強したからと言ってそれで終わりではない。忘れることも多いし、また新たに勉強しなければならないことも次々と出てくる。それの繰り返しという。 同じようなことを考えてみた。最近は、除草の手間を省くために除草剤を使ったり、コンクリートで固めてしまったりすることがおおいのだけれど、それで一応は解決するかも知れないけれど、それで自然が変わったわけではない。自然界では、相変わらず暖かくなって雨が降れば、草はどうしても生えてくる。自然から遠ざかることで、むしろ人間の方が自然界のことを忘れてしまうという事が起こる。 人間は、自然界に属する生物である。だから、庭をコンクリートで固めて綺麗にすることはできても、人間の心の中に生じる雑草は抜き取ることはできない。昔は、その雑草が目に見える形で身近な所にあったから、人間の心の中にも雑草が生えるのは自然なことだと認識することができたけれど、最近の社会は、それに気づかなくなっているのではないか。そんな気がする。 最近の言葉で一番気になる言葉は「あってはならないこと」。人間の心の中に雑草が生じるのは自然なことなのだ。雑草が生えるのが当たり前であって、生えない方が「あり得ない話」なのである。だから、心の中に雑草が生えてきたら、まだ小さな芽のうちにそれを除草してやらないといけない。そうでないと、気が付けば心の中が草ぼうぼうになってしまう。しかも絶えず除草をし続けないといけない。 それは、繰り返して言うけれども、極めて自然な当たり前の話なのである。しかし、庭先の雑草と違って人間の心の中に生ずる雑草は、どうやって取り除けばいいのだろうか。「自然のままに育てる」のが理想のように言われることがよくある。しかし、自然のままに放置しておけば、庭先の雑草と同じように草ぼうぼうになってしまうのは火を見るよりも明らかであろう。綺麗な自然になるよう手入れをしてやらなければならない。 美しい自然を保つためには、それ相応の努力が必要だと言うことである。人間の心を美しく保つためにも、同様の努力が必要になってくる。しかもそれをし続けなければならない。そういうことを考えて欲しい気がしている。具体的に何をすればいいかというと問われれば、それに答えることはなかなか難しい。しかし、そう言うことが必要なのだという意識があれば、現実にいろいろな具体的な方策も多少は見つかってくるのではないだろうか。 どんな人間の心の中にも、善と悪とが存在するというのは、それは古今東西どこの人々も十分分かっていた。だから、いかに善を行い悪を避けるかという事が重要なテーマであり、文学宗教思想としてあるいは生活の知恵として伝えられ残されているのである。 私たちは、どの人間の心の中にも潜むそうした悪について、もっと真剣に正しい認識をもたなければならない。そうして、早い段階からそうした悪の芽を摘むように努力しなければならないだろう。 2004年 04月 17日
イラクでの人質事件、様々な人がいろいろと語っているだろうから、私が何かを言ってもどうということではないと思うのだけれど、私なりに少し考えを書いてみようと思う。
とりあえず、イラク戦争そのものや日本の自衛隊派遣の是非については問題としないことにするが。 私が知る限りでは、ことの始まりはファルージャでのアメリカ民間人惨殺事件であったように思える。なぜそのような事件が勃発したのか、その辺りの事情は実は殆ど分からないのだけれども。 けれども、あのニュースの映像が流れたとき、多くの人はこれから何かあるぞと思ったに違いない。ソマリアの件を思い出した人も多かったようだ。アメリカ世論の反応によっては、アメリカ軍の撤退すらあるのではないかと考えた向きもあったようだ。しかし、現在は恐らくそうはならない気はしていた。なぜなら、ことの発端が9.11アメリカ同時テロ事件であったからだ。 アメリカ人がその事件を経験していなかったなら、ソマリアとおなじ結果になっていただろう。しかし、その惨殺の事件は、アメリカ人にとってそれは単なる外国の事件だからといってすますわけにはいかなかっただろう。テロ事件と重なったはずだ。その結果が、アメリカ軍のファルージャでの掃討作戦となった。 その戦闘はかなり激しいものであったと推測される。イラク側は、多くの女性子供を含む民間人が殺害されたと伝えている。それも、狙撃されたり、また救急車にまで攻撃が向けられたともいう。一方、アメリカ側は、兵士の証言として、敵対する者だけを相手にするつもりだったが、町のすべての人が敵であったというのがある。 公式の発表でも、女性・子供200名近くを含む600人以上の一般人が殺害されたという発表がある一方で、アメリカ軍側は、その殆どは戦闘員であったと発表している。 これを矛盾すると考え、どちらかが正しくてどちらかが嘘をついていると考える人もいるだろう。しかし、現実は決してそんな甘いものでないことは、誰にでも分かると思うのだが。 ベトナム戦争でも多分そうだったと思うが(実は余りよく知らないので推測だけれど)、ゲリラ戦というのは、普通一般の民衆なのかゲリラ戦士なのか判断は極めて難しいということである。アメリカ兵に反感を持っている一般民衆、そう言う人さえも、たとえ女子供であっても銃を捕って戦うのがゲリラ戦である。 戦闘に関して、いずれが先に仕掛けたから悪いなどと言うことは、「鶏が先か卵が先か」という議論になるのでここでは論じないことにするけれども、アメリカ軍の攻撃はそうとうに激しいものであったと推測できる。 一連の人質事件は、その関連で起こった可能性が高いと私は見ている。中には、夜盗盗賊の類も混じっていたかも知れないが。先ず、彼らが考えたのは、そうしたアメリカ軍の攻撃を止めさせるにはどうするか。先ず、世界の人々の目をファルージャに向けさせなければならない。今、ファルージャではこんな事が現実に起こっているのだということを知らせなければならない。その手段として用いられたとしても不思議ではない。 「人間の盾」と見る人もいたようだ。それも、恐らく大いに可能性のあることであっただろう。「自衛隊やアメリカ軍の撤退を求めるため」というのは、この流れの中では、私は要求としてはあまり意味をなさないような感じがした。 まだ、ファルージャでのにらみ合いは続いている。人質事件は後を絶たない。今後の展開から目を離すことができない。 2004年 03月 06日
Weblogなる言葉を知っていろいろ調べて、Hosting Serviceを利用し始めて、まだ数ヶ月しか経っていないが、これまでの感想を書いてみよう。
Weblogについては、いろいろな人がいろいろなところで書いているし、定義自体がはっきりしないということもあるので扱いにくいということもあるだろうが、私としては、Blog Hosting Service を使ってみた感想を述べることにしよう。Blog Tool の技術的なことにはそれほど詳しいわけではないので、突っ込みを入れようと思えばいくらでも突っ込まれる可能性はあるのだろうけれど、あくまでも私個人が使ってみた感想印象に過ぎないものである。 さて、最初は、Blog Tool(Movable Type)を使ってみようと考えたのだが、私の使用している無料サーバでは使用はできないということであった。とは言ってもサーバをレンタルしてまでするものかどうか、それは考えもの。正直そんな余裕などない。 ということでたどり着いたのが Blog Hosting Service であった。ちょうどその時、メールマガジンを発行していた melma!が Blogサービスを始めるというので、早速始めてみた。これが、私が最初に作ったブログである。現在も使用している。 「落書き帖」(melma!blog) 基本的にはメールマガジンの記事の整理に使おうかと考えている。 そう考えると、もう一つメールマガジンの Blogが必要になった。それは melma!からは発行していないので、melma!で Blogを作ることができない。とのとき目に留まったのが、Doblogという Hosting Serviceであった。そこには、過去2年ほどのバックナンバーを入れてみた。 [MUSICA MUNDANA](Doblog) しかし、よく考えてみるとこの二つとも月一回発行のメールマガジンに過ぎない。Weblogというのは、日々更新される WebPageではなかったか。 ということで、今度は日々更新を目標とする Blogを作ることにした。なにを書いたらいいのか、なかなか難しい。その頃には、いろいろな Blog Hosting Serviceが提供されていることを知るようになっていた。何でも書き込んでやろうと思って作った Blog。それがこれ。 なんでもかんでも(News-Handler) しかし、まだ一体 Blogって何なのという疑問が解決したわけではない。それで本家本元のアメリカの Blogger Hosting Serviceを試してみることにした。そうしてできたのが、 MySouda Weblog である。 使用してみた感想は、「落書き帖」と「何でもかんでも」に書き込んでおいた。 結局のところよく分からなかったのだけれど、その時にとにかく Blogにはいろいろな使い方があっていいし、むしろあるべきであろうと考えるようになっていた。そこでまた、新たに Blogを作成してみた。 毎日のニュースを伝える。 Bohen's Weblog(SeesaaBlog) ロシア語学習記 MySoudaのチャンネル(チャンネル北国tv) もちろん、Blogとなにかと比較されるWeb日記サイトも試してみた。 毎日のお天気日誌(はてなダイアリー) そんなとき、ふと最初に使おうと思っていた Movable Typeを使っていないことに気づいた。ちょうどそんなとき、ネットを検索していて mBlogなる Movable Typeをベースにした Hosting Service Siteを発見した。それで早速作ってみたのが、これ。 Mercury その後、この Excite Blog や JUGEMなども β版ではあるにしてもサービスを提供し始めたので、作ってみた。実は他にも作ったのはあるけれど。 これまで使用してみての感想であるが、私としては1アカウントで Blogをいくつも作れるサイト(Blogger,Seesaa)の方が何となく好ましい感じはしている。さらに、Blog内でカテゴリー分類ができればなおよい。Bloggerは分類できない。カテゴリーも階層にできればさらによいと思う。チャンネル北国tvは、カテゴリーを階層化できる。 あと多言語対応も私にとっては重要だ。独仏伊露希中国簡体字が表示できれば、私としては問題ないが、ときどき文字化けするところがある。これはあまり試していないのでどこがどうということははっきりとは分からないのだけれど。 使い勝手は人によって様々であろうからとやかくは言わないけれど、軽い感じのところもあれば、いつも重い感じのところもある。結構気に入っているところも、そうでないところもある。もうしばらくいろいろと使ってみようと思っている。しばらくするとそれまでの感じが変わってしまうこともあるから。 ここには取り上げなかったが、Blogdriveというサイトがあるのだが、最初は、1アカウントで Blogをいくつも作れるしデザインがとても気に入っていたのだけれど、今は日本語だけでなくヨーロッパの言語でも文字化けが起こったりなにかと使いにくく感じるようになっている。 2004年 03月 03日
Blog を作ってからずいぶんと時が経つ。なにかを書くべきだろうけれど、これまでのところそれほど書きたいテーマもなかったのかもしれない。
しかし、そろそろなにかを書いてみようと思う。テーマを決めて書いていくのが理想かもしれないけれど、そうそう同じことばかり書けるものでもないような気がする。 世間では、今、鳥インフルエンザで大騒ぎしているようす。そのことを考えて見るのもいいかも知れない。 そもそも鳥のインフルエンザが重大な問題となったのは、1997年の香港での人への感染であったはず。つまり、それまでは、人には感染しないとされていた鳥インフルエンザが人に感染したことが問題となったわけである。 鳥がいかにそのウィルスで大量死しようとも、人に感染しないのであればこれほとの問題にはならなかったに違いない。養鶏業者など特定の人々の間の問題ですんだに違いない。ところが、そのウィルスは人にも感染し、感染した場合はかなりの致死率になっていることが問題なのである。 しかし、人への感染力は患者数を見ても分かるようにそれほど強いものではないようである。人から人への感染する新型インフルエンザが人類への脅威と言われているのとは少し意味が異なる。 私たち人類が一番恐れなければならないことは、そうした人への感染力を身につけたウィルスに変異することである。そのために、鳥インフルエンザウィルスは、今の段階で人への接触をできるだけ断つように心がけなければならない。 ただ、私のわずかの知識では、鳥インフルエンザは人には感染しないが、豚には感染すると言われている。そして、人のインフルエンザは鳥には感染しないが豚には感染するという。そこで、豚の体内で高病原性の鳥インフルエンザが人に感染する能力を身につけ新型のインフルエンザが発生するというのだ。 そうなれば、人は免疫力を持っていないものだから、たちまちのうちに人類全体に感染し大流行をひきおこす。 今は、まだその段階ではない。しかし、高病原性の鳥インフルエンザも人に感染することがあるということ、また動物界で流行することで人への感染力を身につける可能性があるということを知って、鳥インフルエンザには対処していかなければならないだろう。 人への感染力はそれほど強くはないし適切な加熱処理を施せば死滅するということだから、むやみに恐れる必要はないが、このウィルスへの対処を誤ってはならない。 なにかつまらぬことを書いてしまった感じがしないでもないが、今の騒動は、まだ本当の危機ではないことを、私たちは知っておく必要があるのではないかと思う。だからこそ、現段階での鳥インフルエンザの対応を誤ってはならないと考えるのである。 2004年 02月 03日
ここでは、遠くから距離をおいて広い視野で物事を見ていこうとするコラムBlogを書いていきたいと思います。
望遠鏡で遠くを見るように遠くの出来事についていろいろな意見を書いていきたいななどと思っています。時として、足元のことが迂闊になって溝に落ちたりすることもあるかも知れませんが、それはそれで、また趣のあることではないでしょうか。 京都の方は実は意味はありません。京都に住んでいるわけでもありませんし、京都に何かゆかりがあるわけでもありません。強いて言えば、京都にある大学を卒業したということぐらいでしょうか。どちらかといえば、語呂合わせです。 毎日更新などということは特に考えておりませんが、できるだけ頻繁にそして(こちら重要ですが)長続きするようやっていきたいと思います。 それでは、よろしく。
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